for INSTORE EVENT 2003@TOWER RECORDS SHIBUYA (Youtube Limited Access)
00:00 – CM
00:23 – title
00:31 – 411 / FUJI ROCK FESTIVAL ’00 RED MARQUEE
04:21 – LOST CHILD / SxSW ’99 JAPAN NITE (TEXAS / USA)
06:25 – Culture Shock / SxSW ’99 JAPAN NITE (TEXAS / USA)
07:48 – Face Up / SxSW ’99 JAPAN NITE (TEXAS / USA)
09:08 – PUSAN INTL ROCK Fes’ 2000 (PUSAN / KOREA)
10:33 – NO SWEAT / PUSAN INTL ROCK Fes’ 2000 (PUSAN / KOREA)
12:49 – Naked King / BulleniumParty SuicidalTendencies 2000 Shibuya ON AIR EAST
15:06 – BIG MOUTH / FUJI ROCK FESTIVAL ’00 RED MARQUEE
3.22の赤坂BLITZ解散ライブが、4.25にライブ盤リリースされるのでそれに合わせたインストアイベント用の映像。

冒頭のフジロックが朝10時スタートで、まだ寝起き瞼の腫れぼったさがジュンちゃんの顔に残ってたり、411が始まった瞬間、たぶん1000人ぐらいいたRED MARQUEEのオーディエンスが巻き上げた砂煙や、その時ステージから見えた色んな景色が蘇った。

テキサスのSxSWの時まだオレは加入してなかったけど、NO NEEDSのMVにも出てくる砂っぽい茶色いザラザラした空気感と陽射しを、もしあの時このメンバーと感じられてたら、バンドの進む道もまたちょっと違ったのかもなあとか。加入してからの数年間はあのグレリチ時代よりも家族よりも、メンバーと共に過ごす時間のほうが圧倒的に長かったコト。同じ景色をもう少し長く見れたかもなあとか思ったり。

釜山ロックフェスの確か一週間ぐらい前にパスポート期限切れてるの忘れてて、国際的イベントに出演のためっていう名目で早期発行願いっていうヤツの申請を事務所からしてもらったコト。当日の朝方まで東芝のスタジオでNO SWEATのRECかMIXしてて、一旦家に帰って着替えだけ持ってソッコー満員電車に乗って羽田に向かって、乗って着くまで爆睡したコト。釜山の空港からフェスに向かうハイウェイから見える景色が、山の緑以外ほとんど灰色や茶色に煤けた建物ばっかりだったコト。デカい建物はあるのにヒト気がまるで感じられなかったコト。アジアの街に必ずある街中を巡る電線が釜山市街の幹線道路の近くには一本も見当たらなかった理由が、軍用機の離着陸のためだと教えてもらったコト。釜山市街からフェスのビーチ沿いにステージの何百メートルも手前から溢れていたオーディエンス。ビーチの先に見える半島に架かる橋が建設中だったコト。着いてとりあえずメシで入った店で食べたキムチが今まで食べたことのあるどのキムチよりも酸っぱくて、キムチにも色々あるんだなあと思ったコト。ステージ上の音響用のコードがぐちゃぐちゃに張り巡らされていたコト。海風に流されるモニター音。ヨースケのドラム台がオレの立ち位置から25mプールぐらい先にあるのに度肝を抜かれたコト。本番前に韓国のバンドが勝手にヨースケのドラム叩いてディレクターのしーちゃんがマジブチ切れてたコト。NO SWEAT世界初披露の夜だったコト。夜中のゲーセンに行ったコト。翌日のソウルのライブハウスでモニターが作れずPAの小林さんが全部の配線をやり直したコト。ソウルのタワレコで自分たちの盤があるのを確認しつつ、なぜかアリスインチェインズのアルバムカセットを買ったコト。ソウル市街はまるで渋谷みたいだなあと思ったコト。ロン毛のインタビュアーがちょっとエラそうな態度だったので軽くムカついたコト。好きなバンドはマシンヘッドとテキトーに答えたコト。ライブ後の打ち上げで永遠に続くかと思われたプルコギのワンコ肉。泊まりはロッテホテルだったコト。小林社長の奢りで色街に誘われて出かける時にVo.のふたりに出くわしたコト。タクシーから降りて現地ガイドの導く暗闇の先を曲がって見えた恐らく100m以上続く紫とピンクの色街の景色。細い路地の右側に並ぶ屋台。左側に見えるショーウィンドウの中で蠢く娼婦達。ちょっとイイなと思ったコを先に小林社長に唾つけられたコト。待合部屋でのおばさんショー。いよいよ一畳ぐらいの部屋に通され選んだ娘をまじまじよく見てみると幼すぎてまったくヤル気が失せたコト。もういいよって言ったらチキンて言われたコト。なんか色々よく覚えてるなあこの時のコト。

NAKED KING観ながら、この高速アルペジオ&コーラスにも慣れてきた頃だなあと思ったり。

ラストのBIG MOUTHで振り回すドレッドの重さや、このアタマを作ってくれた小松ちゃんの店でエクステの煙でモクモクになったコト。ダイブしてフェンス越えてくるやつの中に前のカミさんの同僚が見えてウケたコト。

その後のTMCの福岡ZEPP駐車場バーベキュー、新潟お風呂事件、仙台LAOXでDA馬場さんと一緒に購入したWashburnのダレルモデル、沖縄コンベンションセンターからの日航アリビラビンゴ大会、高級リゾートホテルのプールがタトゥーで埋め尽くされてる光景。9月頭の札幌の冷たい風とホテルのヨースケの部屋。

宇頭巻と回ったWANDERLAND / KKPツアーでグレリチ以来10年ぶりぐらいにペパーランドに来たら改装してて、もう椅子もテーブルも運ばなくていいし転がしモニターが常設されてて昔と比べられないほどハイスペックになってたコト。

スーサイダルとの対談で緊張してあんまり喋れなかったコト。福岡Be-1でリハにアグレッシブのUZIさんが来た時、マジでビジネス系ヤクザにしか見えなかったコト。

花澤さんの家の大掃除をメンバー5人でやらされたコト。イーストの前でケータが殴られて鼻血出して、ジュンちゃんが身を挺して守ってる姿。

新宿南口のオープンカフェで解散をメンバーだけで決めた日のコト。

解散を事務所に伝えた時、MTGと称して渋谷のREIホテルに何時間も軟禁されたコト。


映像セレクトにメンバーノータッチだったけど、この怒涛の3〜4年の出来事を走馬燈のように思い出して結構おもしろかった。
で、この日のイベントに集まってくれるファンのために、せっかくだからアンプラグドやろうよ。やったコトないしって話になり、解散したのにまたスタジオでリハをやるというハメに…(笑

このインストアライブは音源や映像には残ってないので、なに演ったかもう忘れたなあ; FAKEとDON’T SPEAK(NO DOUBT)のカバーをやったのは覚えてるけど。

アンプラグドらしくみんな椅子に腰掛けて、KEITAはアコベ、YOSUKEもアコギのドラムレスっていう編成の、ある意味スーパーレアな最初で最後のライブだった。

ちゃんとしたアコースティックもみんな持ってなかったから、ギターテックのスーさんと松ちゃんがJ-45とかK.ヤイリとかいいヤツ用意してくれたっけなー。マジ感謝☆

オレは響きが綺麗だったスーさんのK.ヤイリを使わせてもらった。

やってみて驚いたのは、普段のプレイの激しさや重さっていう要素や、ドラムのビートを取り払った状態でも、ジュンちゃんのライムもガンガン乗っかるし、ユリちゃんのメロもさらに引き立つ楽曲としてちゃーんと成立するっていうコト。名曲の条件。


あと、イベント終わって気がついたのが、インストアのPAやってくれてたのが昔グレリチとフールズがよく絡んでライブやってた頃、代チョコでPA(見習い?)やってたコタローだった。なんか最後の最後で懐かしい顔に再会してウケた♪ こういうのってその後の縁に繋がっていくかどうかはわからないけど、何かを感じる風なめぐりあわせ◎